タイムリミットは1920年3月!生活改善

50歳、あと2年間の猶予を経て、子供の学費、親の介護、旦那の定年、ど田舎へのUターンとお先真っ暗な未来が見えている。不安軽減のためにトライする日々の記録。

キッチンの間取りについて

主人の実家に帰省すると、

なぜか「嫁」の立場が強調され、

私一人、召使いのように働かされ、

それが当然とばかりに、くつろいでいる義父母や主人、子供たちに怒りがわいてくる。

それがなぜなのか・・

キッチンの位置に問題があるのだと思う。

 

キッチンだけが孤立しており、

ばたばた一日中働いているにもかかわらず、

その他の人たちは、暖房のきく暖かいお部屋で、まどろみ、

横になり、テレビを見て、談笑している。

 

みんなの笑い声や話し声、テレビの音が聞こえるけれども、

だれも、私の存在や気配を感じない。

 

料理がようやくできて、運ぶとき、

わざわざ障子を開け、

次々と運び、

だらけている彼らの見ているテレビへの視線を邪魔しないように、

配膳する。

 

数多くの皿を一気に運ぶには、大きなトレーに乗せて何往復もするしかないが、

障子を開けたままだと、暖房が寒いから締めろと言われ、

一回一回、腰をかがめ、トレーを落とさないように、

障子を開け、

腰をかがめ、低いテーブルに置き、

1人1人の後方から、それぞれの食器をセットする。

 

彼らは、座っているだけ。

テレビを見ているだけで、毎食の食事がセットされ、

美味しくないだの、もっと、熱くだの、

少ないだの、文句を言うだけで、

キッチンに立ちっぱなしの私に、

「ご苦労様」と一瞥しながら、

こっそり自分の酒をとりにきて、

あとは酔っ払い、

私がキッチンを片付け、ようやく食卓に着いた時には、

食べ残しと、酔っ払って、からんでくる義父と、

すでに酔っ払って、横になってテレビを見入っている主人に、

テレビが見えないと文句を言われながら、

食べ、下げ、洗う。

 

デザートを出し、

お茶を出し、

「ほんと、○○さんがいると、極楽ね~」といういつものフレーズを義母から笑顔で投げられ、

ムカついているけど、「年に2回だけですから、頑張ります」と、

年に2回だからだぞ!という強調アタックを笑顔で返し、

くちゃくちゃ、最後まで食べている義父の食器を片付け、

キッチン仕事を終える。

 

それが、毎食。そこにいる間中続く。

 

3日で無理だわと、毎回キレているのに、

同居とか無理でしょ。

 

彼らが悪い人たちでもないのに、

自ずと、そういう風に押し付けられる仕組みは、

家のつくりにあると思う。

 

今、私が住んでいる家でも、

料理、配膳、片付けは私がやっている。

でも、そんなに嫌ではない。

 

料理して、振り返れば、配膳できるし、

食事の声を掛けたら、

子どもたちも、主人も、

今やっていることをやめて、わざわざ席に着く。

配膳で足りないものがあれば、自分で取るし、

食べ終わったら、自分で下げることくらいは出来る。

 

義両親のキッチン配置は、召使いのいる家の配置なのだ。

だから、キッチンで働くと、皆より一段劣った、見て見ぬふりの出来る、召使いとしての行動を求められる。

それに、いら立っているのだ。

 

微妙に低くて、腰の痛くなるシンク。

長時間経っていると、身体の底から、腹が立ってくるのは、

腰の痛みからだけではないのだろう。

 

宮脇檀『いい家の本』を読んだ。

それに、よく分かる日本の家のデザイン変遷が書かれていた。

 

第二次世界大戦終結は、それまでの日本の建築、住宅をすべて反省することをもたらした。新世代の日本の家は、「民主化」婦人解放、男女平等であるデザインが求められた。封建的な家父長制度を打破し、婦人を家庭労働から解放することがデザインの根本にある。

 

そこからうまれたのが、動く距離や動線が研究され、それをいかに短縮し、軽減するか合理的設計されたステンレスの流しのあるダイニングキッチン。

 

そこから、豊かになると、独立したキッチンに付随したダイニング、システムキッチン。

 

そこからさらにすすむと、家族と向かい合って調理の出来るオープンキッチン。

 

この流れを理解すると、よく分かった。

あの家には、戦後がまだきていないのだ・・。

 

ずっと、戦争映画やビデオが流れ、

口を開けば、アジアの見下げ、

日本を美化し、

酔いが回ると、嫁を見下す。

 

戦後、民主化の波に乗り遅れた家なのだ・・私がかかわっているのは‥。

 

日大アメフト問題の今後予想

昨日の関学、被害者父親の会見を見ていると、

マスコミの報道の仕方次第では、まだまだ続くのだろうと思われます。

 

マスコミに煽られた、アメフトに全く興味にない、

一般視聴者たちは、

ネットのコメント欄を見ていても、

まだまだ多くの犠牲者、引きずり下ろす、関係者を願っている。

日大アメフト部がなくなって、

コーチ陣が一斉に職を失って、

4年生は、試合に出られず、

日大でやろうと、長年目指して、入学していた130人以上の学生たちが、

アメフトやれずに、大学を辞めていくことを希望し、

来年の日大が、受験生激減で、

大学の経営がゆらぎ、

多くの日大職員が職を失うことを願っている。

 

このように、日大やアメフトに対する知識も愛着もない、ただマスコミに煽られた世論に迎合し続けることによって、多くの関係者は、傷つき、いろいろなものを失っていく。

 

アメフト自体も、人気がなくなり、

アメフトは、従順に上の指示に絶対服従するだけの

つまらない、パワハラ前回のスポーツという認識が、一般化し、

スポーツに伴う、数々のパワハラじみた、伝統や昭和的価値観で

やってきた、50代以上の指導者を一掃し、

日本のスポーツ界は、がたがたに弱くなり、

オリンピックでは、活躍できず、

そして、

指導者は、萎縮し、

若者は、指導されることもなく、わがまま放題に、無為に、貴重な成長期を過ごし、

そして、

日本の伝統が終わる。

 

たしかに、指導方法の改善や変化は必要だけど、

一気につぶして、他国を真似して、うまくいくものではない。

 

日本の社会の隅々で見られているブラック化は、

どこかに大きな敵のいる、旧来のものではなく、

人口構成比上、個人にかかる負担が、すべてで大きくなっているせいで、

個人が逃げ出すか、つぶれるかするまで

負担がかかり続けていることにある。

野党やリベラルが勘違いしている、旧来の大悪党が牛耳っているせいではない。

彼らの活動や存在自体が、

負担のかかって、業務過多になっている、組織へ、

さらに、不合理な負担をかけ、全てに反対し、効率化できないからである。

そこが、旧来システム価値観のマスコミには、分かっていないように感じる。

 

関学キリスト教)被害者の父親や、この問題を部活同士の問題とせずに、社会問題化させるために、マスコミにビデオを配り、いろいろなところから一斉に火の手が上がるように、いろいろ仕組んだ方々が願う、この問題の社会化の結末は、

会社においても、社会においても、

各世代を貫く、日本的な価値観は、他国と同様に消滅し、

反日国が侵略しやすい国づくり、

キリスト教を布教しやすい社会づくり、

そして、マスコミが主導した、日本破壊行動が完結することなのかもしれない。

 

Metoo運動では、火をつけそこなったが、

この問題は、社会の高齢化と重なり、あのビデオが分かりやすかったので、

多くの人が「あぶないじゃないか!」と

怒りに点火することに成功。

 

マスコミも火をつけて回れば、

オリンピックを前に、日大利権に手をつけられるかもしれない、

大きな組織をつぶしたり、トップを引きずり降ろせば、

安倍おろしがなかなかうまくいかない

世論誘導が出来るかも!というカルタシスを得られ、

久しぶりに視聴率も取れるし、

面白そうと飛びついた。

 

パワハラもセクハラも、報道しない特権を持つマスコミに起こっている。

 

社会問題化して、社会を変えようとするならば、

マスコミの人が、自分の企業のトップを糾弾するのが一番早い。

テレビには昭和の価値観を引きずって、

大衆を誘導できるものと勘違いしている、コメンテーターがあふれている。

ディレクターも、クライアントも

多くのテレビ関係者が忖度したり、口をつぐんだりしているのだから、

在日や宗教関係のネットワークも、

共産党組織も、

その中にいることこそが、ブラック環境なのに・・。

 そういったものには声をあげず、

たたきやすいものを、たたき続けている。

 

今回のことでも、

結果として、多くの関係者が、大切にしてきたものを失った。

 

アメフトを愛する人 ⇒ アメフト危険説が一般に流布 人気低迷

日大アメフトのOB ⇒ 大事な思い出を棄損

日大アメフト部4年生 ⇒ 一番大事な今年の試合が出来ず、今までの努力が泡

日大アメフト部 ⇒ 廃部の可能性 

日大アメフト部員130名 ⇒ 今後これまでのような良い環境でアメフトが出来ない

日大アメフト部コーチ ⇒ 職を失う

日大アメフト部員保護者 ⇒ これまで息子を長年支えてきた意味がなくなる

              これからの進路にさらにお金がかかる

該当加害選手 ⇒ アメフト辞める

コーチ ⇒ 30歳で職を失い、汚名をあび、今後もない

監督 ⇒ 長年かけてきた日大アメフト部への思いは、すべて否定され、

     すべての元凶とされる。

日大学生 ⇒ 就職しにくい、風評被害

関学アメフト部 ⇒ 制裁が徹底しているので、今後優勝しても、日大つぶしたからねとしか評価されない

 

マスコミや部外者の意見に翻弄され続けるならば、

結果としてもたらすのは、

大きな被害でしかない。

 

自分たちのこれまで大事にしてきた伝統や、仲間への信頼、

そして、団結するならば、

あの加害学生の見せた高潔さを胸に、

大関係者は、

日大を守る、日大の伝統を守って欲しい。

今回の部活での出来事が、マスコミの煽った風評や意見に惑わされることなく、

お互いに、勇気を出して、守りあって、マスコミからの風評被害に負けないで欲しい。

 

私は部外者だが、

今回の様々な会見を通して、

当該加害者、監督、コーチ、お母さんたち、学長

信じられる方々だと思いました。

理事長に関しては知らないので分からないけど、

それはそれで、今回のことは終息させるべきだと思ってます。

 

 

 

 

 

 

関学会見 日大アメフトの件で感じたこと

関学の会見、見た。

被害者学生、明日には試合に出られるかもしれないらしい。

良かった。

 

繰り返し流し続けられたビデオでは、ひどいタックルのように見えたけど、

あれ、ビデオのように、真横から見ないと、あんなに危ないタックルだとわからないね。日大の監督やコーチたちから、あんなタックルだったと分かっていたのかしら?

試合直後の、内田監督の囲み取材の録音テープでは、そんな認識がなさそう。

もし認識があれば、絶対に言わないようなことをしゃべっている。

 

まぁ、結果として、明日、試合に出られるくらいのけが、部活をしていたら、よくあるくらいのケガで良かった、良かった。

今の騒ぎを見ると、彼が、半身不随に一生なったのか、死んだのか?とおもう。

 

しかし、今回の大騒動で広がった、アメフト危険説!

あのビデオは衝撃的で、

タックルが危ないということはよくわかる。

ラクビーなんて、プロテクターないから、もっと危ないのでは?

 

これらの一般に広がった、アメフト危険説を払拭するには、どうしたら良いのだろうか?

 

うーん、過去のアメフトの危険タックルデータを検証。

けがの程度のひどかった、試合での、危険タックルを一つ一つ検証してはどうかな?

 

特に、

内田さんが、試合後の囲み取材で、

悪気もなく、「過去の関学のほうがひどいでしょう」と言っているくらいなんだから、

過去の関学の危険タックルをもう一度検証して欲しい。

 

本当に、今回のタックルが、他の試合で行われた、これまでのタックルとどれくらい違うものなのか、

「QBを壊せ」という指示が、アメフト全体でよく見られる指示ではないのか、

それを検証して欲しい。

 

今回のようなものが全然ないと証明できるのであれば、

今回は特異な事件なんでしょう。

 しかし、あるような気がするな‥。

闘争心の高まった若者が、勝負をかけてぶつかり合うのだから、

無茶もするし、勝ちたさが勝ることもある。

先日のオリンピックでは、北朝鮮の勝つためなら何でもする姿見たばっかりだしね。

 

それに、昭和世代の私たちの感覚からすると、

今回の内田さんの指示、「やる気を出させるために、干したり、プレッシャーをかけたり」する指導法が、今の感覚からすると、時代遅れで、

今の若者は、壊れやすいから、気をつけなければならないとは思うけれども、

それでも、ありうるだろうなと、思えるのです。

マスコミコメンテーターが煽るほど、特別なことだとは思わない。

 

子供を育てていて、

特に、男の子を成長させたい、導きたい、と思った時に、

いろいろなアプローチがあるだろうし、

その大学による伝統方法があるだろうなと思うのです。

 

しかし、そのような経験にのっとった指導方法も、うまくいくこともあれば、

今回のように、パニックをおこすような反応が見られたりすることもあるだろうと思うのです。

今回のプレッシャーのかけ方は、失敗だけれども、それでも、時間をかけて、彼を成長させようとしていたのでは?と理解することも出来るのです。

 

日大のように、130人近くも部員がいれば、

一軍になれず、クサクサしてしまう選手は当然出てくるだろうし、

激しい練習が嫌になる人も出るでしょう。

 

楽しく、仲良くといった、監督とも近い、風通しの良い関係を作るのは、

マンモス校では難しいことだろうなと思います。

 

だから、先日からの会見をみて、

当該選手の会見と矛盾しても、

日大の指導者、学長の会見、父母や選手、OBたちからの声をきいていても、

すべてが、ありえることだと納得がいくのです。

 

不幸なことに、マスコミの煽りにあい、こんな大騒動になったけれども、

それぞれの立場で、自分が正しいと思っていたことをやっていただろうし、

それでも、こんなことになってしまうことはありえるだろうなと思うのです。

 

マスコミが集団でバッシングをしている矛先は、

多分、今回起こったことだけが理由ではなく、

内田監督、田中理事長を引きずり下ろすチャンスと思ったからだろうと感じます。

報道の仕方が、一斉に、繰り返し、

たたき続ける、モリカケ手法と似ているからです。

 

一般視聴者の分からないところでは、

今回のこととは関係ない、田中理事長とやくざとのつながりといって、同じ写真が沢山出回ったりしているし、

二年前のコーチのAVでの記事を見ても、

同じように、田中理事長を引きずり降ろそうという動きが、マスコミにあったことが分かるので、

今回もそこが、マスコミ的には目的になっているのだろうなと推察されます。

 

でも、それは、利権とかに関わる話だろうし、

もし、やくざが絡むのであれば、

山口組の内部分裂(C系 VS B系)とかだろうから、

 

表向きの学校経営、ましては、そこへ通っている生徒や親御さんたちには

全く関係ない話。

アメフトをこよなく愛するすべての人にとっても、関係のない話。

 

だのに、なんか、今回の関学の動き、被害者父親の動き、マスコミとの連動しすぎていて、気になるんですよね。

 

普通の親なら、自分の息子のケガが大したことなく、

回復し、同じ年頃の加害学生が顔出しまでして、謝罪会見をした時点で、

この話は終わりになりませんか?

 

被害学生が謝罪に来た時に、

「録音してもいいか」と聞いて、録音したとのことですが、

自分がその子の親だったら、可哀そうでなりません。

「一生タカってやるぞ、証拠は取ったからな」と言われているような気分。

 

私が被害学生の親なら、

ひどいケガでなかった時点、

真摯な謝罪を受けた時点で、

許すと思います。

 

相手が悪かったとしかいいようがない。

 

男の子を育てていて、思うのです。

激しいコンタクトスポーツをしていて、

もちろん、被害者にはなって欲しくない。

しかし、

加害者にもなって欲しくないと‥。

 

マスコミが、同じタックルの動画を、繰り返し、繰り返し、流しました。

日本中の人が、怒りました。

加害者は、日本中から総バッシングを受けました。

 

親御さんが立派な方で、

ご本人もしっかりした子で、

彼の謝罪は、きちんと、皆に伝わりました。

彼の謝罪に臨む態度、勇気にも、感銘を受けました。

 

コーチや監督の話を聞いて、

コーチの葉っぱのかけ方や指導法が間違っていて、

彼が追い込まれていたのだと分かりました。

 

コーチもまだ30歳、コーチングスキルのいたらない点もあったでしょう。

 

監督に意見の言えないチームの雰囲気、

歳の差、そういった文化、

さまざまな圧力を受けていたでしょう。

どこでもあることです。

 

今回のことで、監督も辞任しました。

その文化に問題があるのなら、

コーチを一新する、学生に聞き取りを行い、

学生のしたいように、体制を変えていくサポートをすると、

学長も言っていました。

 

それで、今回のことは、終わりではないですか?

 

今回の関学の会見、

会見を仕切っていたディレクターや、被害者の親御さんの考えは、

違うようでした。

 

被害届を取り下げず、

国訴まで検討。

まだまだ、この問題を足掛かりに、日大を追い詰めるぞというやる気満々です。

 

ご自分の仕事もやめて、このことを一生やっていくそう。

お子様が5人もいるのに、どうやって食べていくのでしょうか?

 

初めは唐突な訴訟の話や、会見に、

「名前を売って、また立候補?」みたいな話もささやかれましたが、

ご本人が否定されました。

 

講演会でもして、生きていくのかなぁ?

この父親、なんだか、素直に信じられない。

 

昨日、「息子さんへの脅迫メール」があったとマスコミに一報を入れていましたが、

そちらは、警察に捜査を依頼しないそうです。

そしらこそ、しっかり犯人捕まえてほしくないですか?

そちらの卑劣さのほうが、捜査すべきなのでは?

息子さんや娘さんのことを考えると、

そっちのほうが、親として、きちんと捕まえて欲しい。

 

彼の国訴する行動は、本来の目的が違うのでしょうか?

自分の子供や、学生たちを盾に、

今回の被害者ポジションを最大限に利用して、

日大の理事長の利権に手を突っ込みたい。

引きずり落としたい、

それが本丸?

なんだか、釈然としません。

 

関学キリスト教の学校で、

関西にあって、

今回の動きが、

やけに、マスコミとの連携が取れていて、

日大アメフト部の一部の学生や、保護者会を名乗る一部の保護者、

解雇される予定の教員組合などとも、

やけに連携が取れていて、

なんだか、怪しさを感じるようになってきました。

 

そんな動きに、

多くの関係ない、純粋にアメフトを愛する人々の思いや、

当該学生たちや、

多くの日大関係者、アメフト関係者が巻き込まれ続けている。

 

やくざの利権抗争のような、ドロドロしたものに、

多くの無関係な人たちの大事なもの、伝統が、人質に取られ、

傷つけられようとしている。

 

そうだとしたら、皆、怒っていいと思う。

 

これはこれ、それはそれにしないと、

これ以上、学生を巻き込むのは許さない。

 

関学の被害学生の親も、ゆすりたかりのような態度はやめ、

三者機関の判定、アメフト連盟の処置に任せ、

被害届、国訴をすぐに取り下げるべきだ。

問題を収束させ、

子供たち、学生を取り巻く環境を、戻すべきだ。

マスコミもいい加減にして欲しい。

 

大学、学校、部活、アメフトのコート内は、神聖な場所だ。

警察、マスコミ権力、国家(スポーツ庁)に

ひっかきまわされるべきではないし、

大学のことは、学長が、

部活のことは、部活間で、

きちんと、お互い、ルールに基づいて、

謝罪や許しが行われるべきだ。

 

終わりますように。

これらの報道が‥。

 

終わりますように。

訴訟の動きが‥。

 

 

 

 

 

 

日大アメフト部事件、中高の保護者として思う

今日のひるおびの報道姿勢、ひどいなと思う。

まだまだ、学生を煽り、対立をあおり、問題化を続けたいようだ。

 

該当選手の会見があり、

コーチ、監督の会見があり、

結果、

20歳の該当選手のアメフトへの道が断たれ、

コーチは職を失い、

監督は入院した。

 

日大は、アメフト伝統校として、何十年にも渡って築き上げ、守り続けてきたものは地に落ち、

長い間、頑張りつづけてきた、日大アメフト部の4年生は、あるかないか分からない今年の試合に関して、お先真っ暗の状態。

日大のアメフト部の部員は、今後アメフトに集中することの出来ない環境。

コーチ陣も職を失うのではと、びくびく。

監督も不在。

指示系統不在のアメフト部が、もし仮に、秋の大会への出場が許されたとしても、

活躍することはないだろう。

 

選手の就職は、期待していた結果を伴わない。

アメフトの強い、日大というネームバリューを期待して、

日大に入学した学生、特に、危機管理学部の学生は、

就職で不利になるだろう。

 

来年の志望者も減るかもしれない。

少子化の影響で、難しい大学経営は、ますます、難しくなって、

さらなる、コスト削減が必要になるかもしれない。

 

監督降ろしに走っている、教員組合も、結果として、待遇カットなどが生じるかもしれない。

 

アメフト全般に対しても、一歩間違えば、けがを伴う、

上からの指令に絶対服従の、悪いイメージがついた。

 

関東アメフトが、日大を排除した、試合を秋に行うなら、

20歳の彼のように、純粋にアメフトをやってきた、130人以上の学生が、

辛い思いをしているんだろうなと思いをはせ、

試合は盛り上がらないだろうし、

心が痛む。

 

コーチや監督と、選手の関係は、

どこのスポーツも、似たようなものだろうと、

パワハラ体質として、

理解されるなら、

体育会系に対する信頼もなくなるし、

チームとして、個が貢献する、すべての日本の伝統に基づく組織の中心を、

パワハラ」というワード一つで、闇に葬ることが出来る。

 

教育は「体罰」というワードで、

教師がこの領域に踏み込んだ指導を出来なくし、

 

「個人情報の保護」というワードで、

公の扶助が、アクセスが不可能な領域をうみだしたのと、

 

同じような、社会の動きが加速するだろう。

 

Metoo運動で、動かなかった日本人は、

組織系統上の立場による、「パワハラ」という切り口なら、

多くの人が経験し、理解できるため、

動くだろう。

 

人口構成のいびつさが、現場に立つ人々の仕事の負担として、のしかかっている。

そこから逃げ出したくなる「個」を押しとどめ、

重圧をかけ続ける構造。

 

20歳の彼が、パニックになるほど、追いつめられた重圧は、

彼が、若く、何も背負っていないからこそ、

「アメフトはもう好きでない」と、

その背負っているものを潔く投げ出すことが出来たけれども、

 

コーチ、監督は、

もっと、もっと、大きなプレッシャーや責任を背負い続けているから、

日本中の人から、「悪」とののしられても、

自らの意思で、簡単に、投げ出して、謝罪することは出来ないのではないか。

 

マスコミは、詳しい構造や状況をしっかりと取材することもなく、

ただ、ツイッターで、

人の目を引く素材があれば、

そのまま報道する。

興味の赴くまま、勝手な憶測や、

自分たちの利害関係や理由で、

繰り返し、報道する。

 

集団ヒステリーを煽り、

自分たちに不都合なニュースから目をそらさせるため、

そして、

視聴者が考える情報を与えずに、

編集し、断定し、そして、集団意思をコントロールするためだけに、

その結果を考えずに、

ただ、煽る。火を注ぎ続ける。

 

その結果、犠牲者として、

関係者は、次々に、敵対構造に置かれ、

反発しあい、

彼らの大事にしてきたものを棄損される。

 

今回、この騒動で棄損されたのは、

日大フェニックスの伝統であり、

アメフトに携わる方々が、引き継いできた、アメフトへの、アメフト仲間への愛。

スポーツ伝統校への信頼と、

長年そのスポーツを頑張ってきた子供を見守ってきた保護者の思い、

そして、教育現場への警察や国への介入を拒んできた、大学の自治に対する伝統。

 

マスコミが煽らなければ、

関係のない人々がビデオを見て、ぱっと生じた反応が、

ここまで大きな社会的な騒動にはならなかっただろう。

 

バッシングの嵐にあうと、関係者は、自らに火の粉が降りそそがないように、

無関係や、自分の立場を守るために、

マスコミの望む、強いことを言う。

言っていなくても、報道時にはそのように編集され、報道される。

マスコミの望んでいるのは、ただ騒動が大きくなり、視聴率を稼ぐことだけなので、

多くの人々を巻き込み、火をつけて回る。

その火が大きくなると、犠牲者の傷は、回復不可能なほどに、ひどくなり、

加害者のレッテルを貼られた人は、

無関係の多くの人々の日ごろの不満を解消するための憂さ晴らしに利用される。

 

マスコミは、自分たち自身に火の粉がかかってくることは、

絶対に報道しない。それが、マスコミ特権。

報道しないから、社会問題化しない。

パワハラ体質も、セクハラ問題も、

一番日本で多くあるのは、マスコミなのに、そこは不問。

 

今回、こんな小さな出来事で、

(小さな出来事といっても)関学の保護者が怒るのは当然だけど、

そんな怒りの大きさを通り越して、

日大やアメフトや、スポーツ関係者という全ての人を巻き込む

大きな火に燃え盛ろうとしている。

 

関学保護者の刑事告訴

スポーツが刑事事件になった場合、

今度、オリンピックで、

さきの北朝鮮アイススケーターのやったような反則行為が起こった場合、

同じように、刑事事件化してくれるのだろうか?

そうでなければ、納得できない。

それをオリンピック委員会は、許すのかしら?

 

全てのスポーツ関係者、大学教授が、

指導を通して、

大学生が、理不尽と感じて、パワハラと認定するなら、

これから熱のこもった指導を避けるだろう。

 

医療事故訴訟が怖くて、産婦人科がいなくなったように、

パワハラ認定が怖くて、熱のこもった指導はしない。

 

昭和的な、愛情を伴った、厳しい指導であったとしても、

大学生は、まだ不安定だ。

まだ成長しきっていない、不安定な若者には、

その愛情を認識してもらえないかもしれない。

 

そんなつもりのない言葉で、鬱を患ったり、

来なくなったりする、大学生は多い。

 

大学教授が学生を怖がる。

おなじように、

部活指導者も、

同じスポーツへの愛を共有しているから分かっているはずだ、つうじるはずだ、

では、今の若者には通じないのだろう。

 

世代の断絶。

そして、これまでの伝統の終わり。

 

そんな「日本の良さ」の終焉を

マスコミは加速させているように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロイヤルウェディングでの、アメリカ主教の暴走

イギリスのロイヤルウェディング

薄い素材のベールを、二人の小さな男の子が持っている後ろ姿の写真

素敵でした。

 

イギリス王室の持つ伝統・・その美しさ、

憧れ、それは世界中の多くの人々が共有している財産だと思います。

 

ダイアナ妃も、パパラッチに追いかけられ、

ゴシップ誌には、水着姿や醜聞をかきたてられ、

その権威を引きずり落され続けたけれど、

それでも、

皆、憧れ、大好きだったからこそ、

いつもゴシップの中心でした。

 

彼女の事故死が速報で報じられた時、

私はアジアの飛行機の中にいました。

 

老若男女とわず、国籍を問わず、

皆、「Oh,My・・・」と絶句し、

機内がざわつき、

目を真っ赤にして、

ショックを受けている人たちを見ました。

 

イギリスの元植民地は世界中にひろがり、

自主を求め、イギリスを追い出したところも多い中、

それでも、

発展途上国にイギリスがもたらした、英国文化は文明の香り、

おしゃれで、気品があり、

素敵な地区を作り出してくれました。

 

そんな地区で育った若者は、

大学や寄宿舎や、キリスト教会や、留学を経て、

世界中に広がる、美しき伝統価値としての、イギリス王室を愛しています。

 

ダイアナ妃の死で、残された美しい兄弟、ウィリアムとヘンリーの心中を察し、

涙し、その後の、次男坊ヘンリーの数々のおイタも、

傷ついたあの坊やはどうしたら、心の傷を乗り越えて、

幸せになってくれるのかしら‥と多くの人が心配して、見守っていたように思えます。

 

その、ヘンリーの結婚式。

皆の大好きな、ロイヤルウェディング

 

お嫁さんがアメリカ人だ、家系も不似合い、バツイチだ。

と、許せないことは多々あります。

しかし、ヘンリーが選んだなら、幸せなら、良いじゃないか。

そんな気持ちで、見守っていたのだと思います。

 

いつもの、美しいセレモニー。

華美でなく、シンプルに、そして、民衆に寄り添って・・

というところまでは、合格でした。

 

しかし・・

 

アメリカ人司祭の舞い上がった、長い、長い、パフォーマンス。

それを見て、

苦々しい顔つきの列席者。

 

ゴスペル教会のノリをそのまま持ってきたような、スタンドバイミー。

 

アメリカの今、パワー全開で、

ロイヤルウエディングってなによ!イギリス王室何様?

っていう意気込みで、計画されたのでしょうが、

見ているほうは、腹立たしくなった。

 

やっているほうも、

「あっ?ちょっと場違い?」って、少し腰が引けている感じも痛々しかった。

 

伝統・・・長い伝統。

その伝統には、序列化された差別意識が伴うもので、

そこを、全く無視して、配慮することなく、

土足で踏み込まれた感じの、腹立たしさ。

 

ヘンリーが幸せになるなら、いいよと、

目をつむり、民衆が受け入れた花嫁は、

花婿をマインドコントロール下に置き、自分の主義主張に利用しようと、

長年王室が培い、守ってきた伝統による、民衆からの支持を

あたかも、自分たちにその権威があるかのように、

乗っ取ろうと行動しているような、

そんな腹立たしさを感じました。

 

個人の主義主張を抑え込み、伝統に縛られ、

孤独に、役割を果たすものだけに与えれれた民衆からの信頼。

 

ダイアナであれ、ヘンリーであれ、

エリザベス女王の絶対権威の前に、犠牲になってきた人だけれども、

だからといって、

エリザベス女王の権威、英国王室の伝統の持つ権威を脅かしてはならない。

それは、多くの人が許さない。

 

日本の皇室も同じこと。

 

他国が日本人を統治するのに、

もっとも手に入れたい権力を手っ取り早く手に入れられる・・と、

これまでもトライされてきたし、

中国なんかは、権威づけに利用しようとしてきた。

これまでも、これからも、

そのトライは続く。

 

皇室という制度が、これからも未来永劫続くのかは分からない。

 

平等という観念からすると、今の時代に合わないものだとは思う。

 

しかし、東日本大震災をみてもわかるように、

今の私たちの心のよりどころだし、

イギリスにとっても、日本にとっても、

皇室を維持し、守り続けてきたことは、誇りになっている。

 

皇室は、

他国に利用されてほしくはない。

その国家の象徴でもあるのだから‥。

 

 

皆のために与えるばかりの人は、どうすれば幸せになるのかな?

TOKIOのメンバーによる、会見、心が痛んだ。

崖に落ちてしまった山口さんは、自業自得といえば、自業自得。

自分の甘さが産んだことだから。

 

しかし、TOKIOメンバーがこれまでやってきてくれた、

うみだしてくれた功績を振り返ってみると、

日本にとって、大事な人たちであったことが分かる。

特に、福島の原発事故で心底揺れ動いていた私たちの気持ちを支えてくれた、

鉄腕ダッシュで新しいアイドルの姿をみせてくれた、生き方を見せてくれた、

貴重な5人組であったことには変わりがない。

 

それが、今回のことで、全てを奪われた。

 

25年、30年と、彼らの人生をかけて築き上げてきた人とのつながり、

信頼、栄光、そういったものが失われた。

 

アルコール依存症・・

女の子へのセクハラ被害、

 

許されることでもなく、

どうしてこんなことに、と、周囲が悔やんでも悔やみきれない結果が待っている。

 

むか~し、むかし、その昔、

有名な芸能人は、沢山の女の子に手を出して、

やくざともつきあって、

毎晩飲み明かし、散財して、

それが許された時代もあった。

 

そんな芸能人が手を出す女の子は、

飲み屋の女の子で、

飲み屋に働く女の子は、

若くても、不幸でも、そんなもんだと思われていた。

 

時代は流れ、

表面的には、平等になり、

普通の女の子も、

アルバイト感覚で、若さや性を売り、

それでいて、

自分の思い通りにならないと、

急に、守られる立場の弱者を装い、

Metooといってみたり、録音録画で脅そうとする輩も混じる。

 

そこそこの芸能人、そこそこの大物政治家、ビジネスマンなら、

裏街道の水商売で遊ぶにしても、

裏の掟に守られ、

秘密は守られ、

自由に過ごすことが出来た。

 

しかし、今は、情報ネット社会。

建前に過ぎなかった、平等や人権が、

不可侵のルールになり、

いつ何時も、品行方正、イメージを守ることが要求される。

 

人間なら、頑張る時と、頑張らない時。

ほっとしたり、ぐだぐだしたり、わがまま言ったり、

自分を優先したりするときが必要。

 

でも、祭り上げられた人たちは、

祭り上げた人たちによって、

いつも、周りに笑顔を、正のエネルギーを、与え続けることを期待される。

周囲の期待にこたえ続けることを要求される。

 

羽生君のインタビューをみていて、

同じことを感じた。

 

大衆のために、

そして、

彼らを力づけることの出来る選ばれたものが、

その力を最大限出して、

大衆の期待にこたえる。

周りは喜ぶ。

 

最初は、その笑顔を見て、

自分の成し遂げたことへの達成感に酔いしれて、

自分も嬉しく思ったかもしれない。

しかし、

それが、何度も、何度も繰り返していると、

自分にのしかかるプレッシャー

そのプレッシャーに打ち勝つための、死に物狂いの努力。

擦り切れていく自分。

成し遂げた先に待っているのは、孤独。

 

自殺や薬物依存、セックスやアルコールで、身を滅ぼしていった数々のアーティストたち。

 

高みにいた誰かが、手を出し、

奈落の底に落ちていく。

そのことを興味本位に、喜ぶ人たち。

 

なんだろね。

私たちの生活に、喜びや文化や、新しいものをうみだしてくれたヒーロー。

そのヒーローたちは、

どうすれば、満たされ、

頑張り続けることが嫌にならず、

その能力を使い続けてくれるのだろうか?

 

ドラックのような特別なご褒美なしに、

沢山の笑顔と、

時間とエネルギーを

大衆のためだけに、使い続けてくれるのだろうか?

 

もっと、ゆっくり、周囲の目にさらされずに、

自分に戻れる時間があればいいのにね、彼らにも、彼女らにも。

 

みんなのために何かをうみだしてくれるのだから、

特別な空間や時間があってもいいのでは?

 

そうでないと、皆、つぶれてしまうよ。

何も生みだされない社会になってしまうよ。

セクハラとMetoo運動

Metoo運動は、女性という弱い立場にいる者たちが、

社会を担っている、権力を持つ男性たちに対しての、

権力奪還運動。

 

か弱い女性という弱者の立場を利用して、

大衆の同情を喚起し、

マスコミ糾弾という絶対権力を傘に、

相手に反論の余地を与えず、

その権力の座から引きずり落とす。

 

情緒を利用した権力奪還運動なので、

文化大革命

韓国的な一般大衆運動に似て、

体制や国家、組織を壊すことにしか目がない。

 

糾弾するだけの運動は、

結果として、

被害者のためにもならず、

人をひきずりおろす快感に酔いしれた大衆を満足させるだけであって、

建設的な組織の改革が行われるわけでもなく、

次の、彼らにとって都合の良い権力者が、

その空いた権力ゾーンに入り込み、

さらなる、弾圧や、組織内の意思疎通の悪さをうむだけになっているように見える。

 

セクハラ被害を聞いて、

一般大衆が、

怒りの情緒を爆発させるようになってきているのは、

そのやるせなさ、

腹立たしさが、多くの人に共有されているからに違いない。

 

権力を持つものがセクハラを起こしているのか?

 

現代の日本、北朝鮮や中国のような独裁政権が絶対権力を持つ国ではなく、

韓国のように、巨大な財閥が経済を牛耳っている国でもない

この日本で、今、

セクハラが許されているのは、誰なのか?

 

これだけ、マスコミバッシングを受けている、安倍政権ではないのは確か‥。

 

マスコミ関係者なら、

マスコミ報道をコントロールできるので、

あるのかしら?

 

社会の隅々まで入り込んだ宗教関係者や外国人ネットワークなら、

マスコミに圧力かけることは可能なのかしら?テレビ局のスポンサーとか?

 

でも、まぁ、実際に、今の日本で、表立った権力を持つ者たちは、

その立場の持つ権力が人を引きつけるゆえに、

いつも引きずり落とそう、利用しようとする人々の中で、

無事に生き残っていくには、

セクハラなんてことを、考えなしに、

注意力なしに、行ってしまう人はあまりいないのではないかと思います。

 

だから、ある程度の地位を持ち、

立場に恵まれている人と

若い女の子が会うのに、

そんなに、不本意に嫌な思いをすることは少ないのではないでしょうか。

 

ラッキーと思って、近づいたものの、真剣に取り合ってもらえず、

腹を立てるという逆恨みはあるかもしれませんが・・。

これは、ハニトラの一種のMetooですね。

 

でも、今の日本にセクハラ被害が全くないかと言えば、そうではない。

女の子が、若いゆえに、女の子であるがゆえに、

嫌な思いをすることは、結構ある。

世間一般に、セクハラ被害に、腹が立っているのは、

失うものの何も持っていない人から付きまとわれたり、

執着されたり、襲われたりする恐怖が

結構あるから、ではないですか?

 

何も持っていない人々。

例えば、死につつある高齢者。

周囲から見捨てられ、公的な支援に頼るしかない人々。

そんな追いつめられている人々

 

孤立し、つながりのない人。

そんな自暴自棄で、

人や社会とも接点のない人による、暴言や暴力。

 

これは増えているように思える。

若い人が、感情労働に就くことが多くなっていることも理由の一つ。

 

そんな場所で、 

相手が、社会的弱者である場合、

そんな人たちからの被害は、

どこも対処してくれない。

イヤな思いだけが残る。

 

例えば、訪問介護・・

安い時給で、そんな人のところに派遣されていく。

 

普段は、接点のあるはずのない、

普段なら近寄るはずのない、

そんな人たちのところに、若い女の子が派遣され、

弱者であるが故、

お客様であるが故、

拒否することも出来ず、

セクハラすれすれの嫌な思いをすることもある。

 

言葉によるセクハラは、

認知症だから‥と言われれば、我慢するしかなく、

行動によるセクハラは、

死にかけている、老人に向かって・・と

被害がなかったことにされる。

身体接触の多い仕事だから、

嫌な気分がしても、

仕事だからしょうがないといわれれば、

しょうがない。

 

しかし、中には、セクハラも紛れ込む。

 

社会的弱者を装ったものが、

逮捕されても、

精神疾患を理由に、罪に問えない。

それと同じ感じで、対処される。

 

老人が多くなり、

社会のシステムについていけなくなり、

孤立し、

暴走を始める。

 

それに対応する現場は、

お客様第一、人権尊重というきれいごとの建前に押しつぶされて、

奉仕者が傷つけられ、精神的に病んでも、

社会も、会社も対処することは出来ず、

その労働者は仕事を辞めることしか出来ない。

 

ハリウッドのMetoo運動のように、

訴えたら、金がとれたり、

引きずり落としたり出来るような権力者に向かって、

声をあげるのは簡単だ。

 

しかし、今の日本で、本当に、声をあげたいのは、

社会的弱者によるセクハラ被害。パワハラ被害。

弱い立場の労働者が、

「弱者」という最大の不可侵の衣をまとった人々によって、引き起こされている被害。

 

外国人であったり、

高齢者であったり、

障碍者であったり、

その被害に対し、声をあげると、

弱者カテゴリの差別問題にふれてしまい、

その関係者による、被害者バッシングの声がわらわらと湧いてくる。

そして、経営者も、公的な立場の人も、

その差別問題に触れたくないので、

皆が黙殺する。

新たな差別を呼び起こすからと、

皆が見て見ぬふりで、

そこに、弱者利権がはびこる。

そんな被害に対して、しっかり声をあげられるように変わって欲しい。

 

そういう動きなら、私も、日本におけるMetoo運動に賛同できるだろう。

 

PS 野党がやっているのは、弱者利権拡大のための、政権、官僚へのゆすり・たかりの一環のMetooだから、賛同できない。